なぜ、私たちは学校で勉強をしなければならないのか

いらっしゃいませ。嫌々やる勉強が大嫌いなシャルです。

お客様は、「勉強」好きですか?

「嫌い!」「したくない!」って答えがたくさん聞こえてきます。

「大人になってから、使わないのになんで勉強するの?」「これをやる意味がわかんない!」「しなくったって、社会人には、なれるよ!」なんて声も聞こえます。

なぜ、学校で勉強をしなければならないのかについて、私自身の視点からお話していきます。

勉強の歴史

義務教育の始まり

義務教育

では、いつから義務教育が始まり、「楽しくない」勉強を強いられるようになったのか。

今の義務教育の元となる「学制」が1872年に公布されました。

明治時代から、国民に教育を施すように国が仕向けていたんですね。

その後、その学制から始まる義務教育推進運動が始まり、1915年には、通学率が90%を超えました。

今の私たちからすると、迷惑な話ですよね。

そして、1947年、学制改革が行われ、今の義務教育制度ができました。

これのせいで、私たちは、小学校・中学校に必ず全員通う必要が出てきたわけです。

現代社会における勉強

現在、子供たちは、中学校で義務教育を終えたら、どのくらいの人が高校へ、そして大学へ進学するのでしょうか。

文部科学省によると、

現在、高等学校への進学率は97パーセントを超えており、生徒の能力・適性、興味・関心、進路等の多様化に対応した特色ある学校づくりが求められています。

引用元:文部科学省 高等学校教育 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kaikaku/main8_a2.htm

なんと、97%の人が、高校へ進学しています!

またまた、文部科学省によるデータを見ますと、

①大学・短大進学率(現役)は54.8%(エ)(前年度より0.2ポイント上昇) で過去最高。 ②大学(学部)進学率(現役)は49.3%(オ)(前年度より0.4ポイント上昇) で過去最高。 ③専門学校進学率(現役)は16.3%(カ)(前年度より0.4ポイント低下)。 また,過年度卒業者を含む進学率(就学率)についても前年度より上昇。 ④大学・短大進学率(過年度卒含む)は56.8%(前年度より0.3ポイント上昇) で過去最高(平成22年度と同率)。 ⑤大学(学部)進学率(過年度卒含む)は52.0%(前年度より0.5ポイント上 昇)で過去最高。 ⑥専門学校進学率(過年度卒含む)は22.3%(前年度より0.1ポイント低下)。 ⑦高等教育機関進学率(過年度卒含む)は80.0%(前年度より0.2ポイント上昇)で過去最高(平成26年度と同率)。

引用元:文部科学省 平成28年度学校基本調査(確定)の公表について http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2016/12/22/1375035_1.pdf

となっており、短期・専門なども合わせると80%もの人たちが、高校卒業後、進学しています!

これを見れば、一目瞭然ですが、高校・大学へ進学しなければ、社会不適合者と見なされてしまいますのもある意味仕方ないのかも知れません。

私は、そうは思っていません。人それぞれの生き方があるので、高校や大学に行かなかったくらいで、不適合などと言うのは大局を見れてない人たちが言うものだと思っているからです。

多くの子供たちが、「いい会社に入るため」というつまらない理由で、高校・大学に進学して、したくもない勉強をして、内申点・単位を取っているのだと思ってます。

※あくまでも、私の意見です。

少なくとも、私がそうですし、私の知ってる人の9.8割くらいがそうです。

今、これを読んでいるお客様にも、そういう人がいると思います。

勉強することに対して、不満を持たないなら、こんな記事読みませんよね。

ここまでの前置きを通して、次からようやく「なぜ勉強するのか」についてお話します。

なぜ、私たちは学校で勉強しなければならないのか

なぜ勉強するのか

ここからは、完全に私の意見です。

大きな理由は、いくつかあります。

  • 国民が勉強しないと、国が発展しないから
  • 勉強が好きで研究者になるものを育成するため
  • 勉強も集団行動の一環だから
  • 義務教育・勉強を通して、処理能力を身につけるため
  • ある程度のランク付けをするため

だと、私は思っています。

中には、少し言い過ぎなものもあるかもしれません。申し訳ありませんが、これらが私の考えなのです。

国民が勉強しないと、国が発展しないから

もし、義務教育がなかったとしたら、どれだけの人が今の義務教育でやっている勉強をするでしょうか。

おそらく、読み書き・算数・英語等の日常生活で使うようなことは皆習うでしょう。

それで終わりです。

どう考えても、必要ない微分・積分を勉強する人がいるでしょうか。

いないはずです。もし、いるとしたら勉強が好きな人だけでしょう。

だって、必要ないから。

そうすると、どうなるのか。

研究者・医者・政治家・弁護士などの人口は、今よりもはるかに少なく、サラリーマンやアルバイトみたいな労働者の人口が多くなっているはずです。

今のような会社や店があるかはわかりませんが。

とすると、国全体の技術や知識の向上が乏しくなり、国全体の発展がほとんどない状態になっていることでしょう。

そうなると、他国に対抗できるものが無くなり、弱小国家、最悪奴隷国家・植民地になってしまう未来しかありません。

今の時代は、そんなに酷いことは起きないですが、あくまで想像の話です。

こうならないためにも、私たちを無理矢理にでも勉強に触れる機会を増やし、日常生活で使わないような知識を覚えさせ、ある程度の常識・知識を持った大人にさせようとしているのです。

全て私の想像です。信じすぎないようにしてください。政府は、国は、何も悪くないです。

勉強が好きで研究者になるものを育成するため

先ほどの、「国民が勉強しないと、国が発展しないから」という話にも関連がある考えです。

貧しい子にも裕福な子にも、「義務教育」という「勉強を等しく与える場」を提供することで、「勉強楽しいな」「もっともっと知りたい」と思う子が出てくる可能性に期待しているのです。

実際、私の知ってる人にもいます。

そんな子は、ほっといても様々な知識を学び、生かしながら、次第に研究者の道へと進んでいきます。

そうすると、まだ見ぬ発見や最先端技術の開拓などをしてくれる要因となるかもしれないのです。

発見や開拓をすることで、世界中から注目され、国力が高まることに繋がるのです。

まぁ、勉強嫌いな私たちには、関係の無い話ですがね。

勉強も集団行動の一環だから

学校へ行かなかったら、今の友達と出会えているでしょうか。

いや、出会えていないでしょう。

また、野球やサッカー、ドッヂボールなどの大勢でやるスポーツや遊びをする機会があったでしょうか。

これもおそらくないでしょう。

これらは、全て「勉強」というものするために、「学校」へ通ったために生まれたものなのです。

「勉強」という(多くの人にとって)苦痛なものを媒介として、「友情」「遊び」というかけがえのないものを手に入れることが出来たのです。

また、「勉強」を教え合う行為にも、集団行動の片鱗を見ることができます。

「分からないから、教えて」と言う勇気と「教えてあげるよ」という親切心、それから「一緒に考えよう」という提案、これら全ては集団行動に入ります。

一見「勉強」は、苦痛なものだと思いますが、同時に「集団行動」という大切なものも生み出しているのです。

義務教育・勉強を通して、処理能力を身につけるため

勉強をすることで、私たちは「効率よくするためにはどうすればいいのか」ということと「これってどういうことだ」ということを考える力、いわゆる「処理能力」「理解力」というものを身につけます。

小学校で算数の問題を初めて解いたときより、今同じ問題を解いた方が圧倒的に早く解けますよね。

それは、「あなたが賢くなったから」であり、「処理能力・理解力」が身についたからなのです。

この力は、とても大事です。

仕事をする上で、一番求められると思います。

どんな仕事をしても、まず仕事内容を理解し、「ここをこうしたら、ああなるな」「これはこうしたら大丈夫だな」「あれは、あいつに任せて、俺はこれをやろう」という発想・想像をして、次々と処理していかなければなりません。

ある程度出来れば大丈夫です。

そうすることで、周りから信頼され、評価され、出世していくのです。

たまに、「勉強」は出来るのに、「仕事」は出来ない人がいるみたいですが、そういう人は「その仕事に向いていない」か「勉強は、勉強。仕事は、仕事。と考え、勉強で培った処理能力・理解力を放棄している」場合です。

ある程度のランク付けをするため

会社の採用試験等を見ていれば、分かると思います。

一般的に大企業では、高学歴な人をたくさん取ります。

会社側は、会社のメンツを保ち、会社の成長の一助となるような新入社員が欲しいに決まっています。

常識のない社員に、倒産の危機にされたら、ひとたまりもありませんよね。

数多くの新入社員の中から、欲しい人材を選ぶために、「成績」を利用するのです。

「成績だけで見てもらっては困る」「今までの勉強が、これからの仕事にはなんにも役にたたないだろ?」という人たちの意見も痛いほどわかります。

ですが、「義務教育・勉強を通して、処理能力を身につけるため」でも話した通り、会社側は「勉強が出来る=処理能力・理解力が高い」という方程式を信じています。

必ずしも全員に当てはまるわけではありません。大人の勝手な理想方程式です。

それに、成績というのは、瞬時に人を評価するのに一番力を持っているんです。

いくつか例を上げて、説明します。

ほとんど特徴の似ている2人がいたとします。ただ違うとすれば、片方は高学歴、もう片方は高卒。会社側は、高学歴の方を取るでしょう。

これに、ある条件を追加しても同じでしょう。

「高学歴の方は、昔不良で喧嘩っ早い性格をしていて、高卒の方は、アーティスティックな感性の持ち主で穏やかな性格をしている」とします。

ですが、この条件というのは、実際に何ヶ月・何年も付き合って初めて分かるようなものです。

書類審査・何回かの面接で分かるはずがありません。

ゆえに、この場合も高学歴の方を選ぶでしょう。

これが、今の実態なのです。

高学歴なだけで、採用するのは早計すぎると思いますけどね。

じゃあ、ほかの場面ではどうなのか。

次にわかりやすいのが、大学入試センター試験ですね。

マーク式の試験で、英数国理社の5科目900点満点で受験生を評価します。

東大・京大をはじめとする旧帝大は、8割以上取るのが最低ラインだと思います。

これも立派な「ランク付け」ですよね。

この上でまた難しい試験をやって合格者を決めるのですから、ほんとに大変です。

会社の採用試験よりも圧倒的に人数の多い中、「どの子を大学に入学させるか」なんてものは、もう「成績順」でしか無理です。

このようにして、現代社会の中で、私たちは「成績」によって評価され、「勉強」という観点からしか見ていないランク付けをされ、社会の荒波に飲まれていくのです。

「安定した暮らしを求めるには、きちんと勉強しなければならない」という常識があるうちは、私たちは一生懸命「勉強」しなければならないのでしょう。

やりたくないけど、やらなくちゃいけないこともあるんですよ。

今の社会で一切勉強しなかったらどうなるのか

ここまで、「なぜ私たちは勉強しなければならないのか」について、お話してきました。

でも、勉強したくないですよね?

では、一切勉強しなかったらどうなるのか。

まず、間違いなく世間からは社会不適合者の烙印を押されてしまいます。

さらに、普通にサラリーマンなどをしようと思っても、難しいところがあるので、なにか別の手立てを考えねばなりません。

「アルバイト・ブログ・イラストレーター・YouTuber・配達業者・タクシードライバー・工事現場での作業」など、あまり学歴に関係の無い職業を選んだ方がいいでしょう。

これらに携わっている人が高学歴ではないと言っているわけではありません。

まぁ、いくつか博打みたいなものもありますが。

勉強をしないのであれば、いささか仕方のないことです。

一切ではなく出来るだけ勉強したくない

サボり

じゃあ、サボる方法を考えましょう。

「え?サボっていいの?」いいんです!!!

というか、「学校の勉強なんてサボってなんぼ」みたいなころがあります。

しかし!!次の注意事項を読んでください。

学校の勉強をサボっていいのは、

  • なにかほかにやりたいことがある
  • サボった分は後で処理しなければならない
  • サボってダラダラするなら勉強しろ

この3つを守れる人だけです。

やらなかった分はいつかやらなければならないですし、サボってなんにもせずダラダラするのであれば、学校へ行きましょう。

やりたいことがあり、それに没頭してるなら、サボっていいですよ。

正直、後でやれば何とかなります。

今は、熱意を持ってることを存分にやってください。

かく言う私も授業中に記事を書いてますし。

やりたいことはないけど、勉強したくないってお客様も多いと思います。

それなら、「いかにつまらない勉強をはやく終わらせるか」について考えてみませんか?

アニメやテレビ・YouTubeを観ながら、宿題してませんか?

それ、勉強する時間がダラダラと長くなる原因ですよ。

また、わからない問題に出会ったら、3分でいいので考えてください。それでも何も思いつかなければ、解答を見るなり、友達に聞きましょう。

なにも自分で解答を出すことが勉強じゃないんですから。

そうすれば、「わからない」と言ってダラダラ勉強する時間が増えていくのを防げますよね?

他にも、学校の休み時間・通学時間を利用して勉強すれば、家でダラダラ出来る時間が増えますよ。

最後に

私たちが生きていく上で、「勉強」というのは、必須のものです。

ですが、適度にサボり、適度に楽しめば、ある程度は苦にならないはずです。

やりたくなければ、やらない日を作っても大丈夫です、サボったって大丈夫です。

もし、それでも気分が晴れないなら、周りの大人や友達に相談してください。

それも恥ずかしくて出来ないなら、私に相談してもらって構いませんよ。

解決できるかどうかはわかりませんが、まずは悩みを打ち明けてください。